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ソーセージパーティーって下品なB級映画が教えてくれることと感想

      2016/12/04

ソーセージパーティーって下品なB級映画が教えてくれることと感想

ソーセージパーティーって下品なB級映画が教えてくれることと感想

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ソーセージパーティーって下品なB級映画が教えてくれることと感想

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ソーセージパーティーって下品なB級映画が教えてくれることと感想。

ネタバレ、ご注意下さい。

ソーセージパーティーとは

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スーパーマーケットの食べ物たちがキャラクターの下品なB級映画。

食べ物たちの間では人間は「神様」と呼ばれ、神様に連れていってもらえる外の世界は素晴らしく、幸せになれると信じられていた。

しかし、実際には…。

主役はソーセージ。

ソーセージパーティーやってる映画館

ソーセージパーティー素晴らしいので見てください!

と言いたいところなのだが、やってる映画館少なすぎw

関西では梅田でしかやっていない。

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ソーセージパーティーが教えてくれたこと

ソーセージパーティーって下品なだけじゃなくて分かりやすく当たり前の大事なことを教えてくれます。

無意識の罪への教訓

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ソーセージパーティーの映画の中では

  • 私達が普段はなんとも思っていない食べ物たちが食べられることを怖がるし、
  • 食べ物にとって食べられることは死ぬこと。

普段こんなことは考えないが、私達の過ごしてる世界にもあることじゃないだろうか。

  • 自分たちが知らないところで傷つけてしまっている人がいるかもしれない。
  • 犠牲になってくれている人(や食べ物)たちのおかげで生きている。

ということを作者は改めて言いたかったのではないだろうか。

常識を疑うということ

ソーセージパーティーの世界では元々は

「神である人間に買われて外の世界に行くことで幸せになれる」

ので、食べ物たちは毎日その日が来ることを待ち続けている。

ところが、主人公のソーセージであるフランクがその常識を疑い始め、外の世界に行くと幸せになれるという常識が

「秩序を保つために作られた常識であった」

ということに気がつく。

私達の世界でももしかするとあることかもしれない。

本当にニュースは正しいか?

例えば、「陰謀論」も今のところ「陰謀論」という趣味の一つのジャンルのようになってしまっているが、

本当に人工地震や不正選挙のようなものもあるかも

と疑う心はなくしてはいけない。

自分たちで切り開くということ

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物語の後半、これまで人間に買って帰ってもらえるのを待ってるだけだった食べ物たちが

フランクと仲間達の訴えにより

真実に気が付き、人間たちと戦う。

コーラやメントスのように命をかけて戦うものもいる中、ついに勝利する。

そして、人間を倒した食べ物たちは自由を満喫する(下品なシーン)。

いつまでも買って帰ってもらうのを待っているだけじゃ何も変わらないまま終わっていた。

私たちにも言えることで、ただ待っているだけではいつか死んでしまう。

「自分たちで行動して幸せをつかもう」

ということをソーセージパーティーは教えてくれる。

ソーセージパーティー見ると人生変わる

ソーセージパーティーただの下品なB級映画だと思ってた。

ここまで感情に訴えてくる作品だとは思いませんでした。

R15で、まあまあ下品ですがおすすめ。

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